「縄文人に学ぶ」  上田 篤

縄文人には 以前からとても興味があった。
昔の日本人は いったいどんな物を食べ
どんな暮らしをしていたのだろう。
学校でも 習った記憶がないし…

この本は そういった私の疑問に わかりやすく答えてくれた。
筆者は 考古学者でも民俗学者でもなく なんと建築学者さんなのだ。
この本は 和田浦海岸さんの書評ブログで教えて頂いた。

ここに書いてあることが 全て真実かどうかわからないし
他の学説も多々あることだろうが
どれも すんなり納得できてしまう内容だった。

今ふ~ん そうなのかと理解してはいても
私のことだから すぐ忘れてしまうと思うので
順不同ながら 一応印象に残った部分をメモしておこうと思う。

縄文人の前には
旧石器人が住んでいて
彼らは 十万年ほど前にアフリカで生まれ
ヨーロッパやアジアに広がっていったのだが
マンモスを追ってアジア北部・シベリアに展開したグループがいた。
2万年前の氷河期の最盛期に マンモスたちが日本列島にやってきて
それを追って人々がやってきたらしい。

彼らもマンモスも その後の温暖化で 大草原や大陸へ戻れなくなり
絶滅したと言われている。
その後に現れたのが新石器人で 縄文人はその一派だと思われるそうである。

私が学校に行っていた頃は
人類がアフリカで誕生したという説はまだ 現れてなかった思う。
だから これからも どんどん 別の真実がわかってくるのかもしれない。

古い日本の書物である「記紀」や「風土記」には
神話が書かれていて そこには ツチグモ クズ クマソ エミシ アマ キ イズモ
などの先住民たちが登場する。
筆者は これらの民族を縄文人ではないか~と解釈している。
やがて 縄文人は 新に渡来してきた 弥生人と戦い
その結果 縄文人たちは
服属したり 逃亡したり 混血していったり 殺されたりという運命をたどっていった。
奥州平泉の藤原氏一族は なんと1700年も抵抗し続けて 滅んでいった~と筆者は言っている。

ともかく 縄文時代と弥生時代は くっきりいつからという風に
一斉に入れ替わったのではなく 併存していたのではないか?
そう考えた方が 私にも理解できる。

*キ族の キは 紀伊 壱岐 隠岐 安芸 などの地名に含まれているそうだ。
「アマテラス」のアマは アマ族のアマらしい。

*お節料理は 縄文料理
*冬になると 鍋料理が恋しくなるのも 縄文DNAのせい?
*縄文の縄信仰の名残・・・ 注連縄 横綱 
*北海道では 9000年前の漆器も発見されている

これからも もっと縄文人の暮らしや 彼らがどこへ行き
どんな風に変化していったのかが 明らかになっていくのが楽しみだ。

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